聖書の読み方:自然編(1)

 「生めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ、…生き物すべてを支配せよ」(創世記1章26節)。この言葉は乱暴な表現として、評判が良くありません。同じ創世記の第二章から「耕し守る」役目を人(アダム)にあたえたことをもって、穏健に解釈されることが多いですが、「支配する」という原語は「conquer」という意味も持つかなり強い表現であることを考え合わせると牽強付会のそしりを恐れます。

 「生き物を支配せよ」という言葉ですが、視点を変えてみるとなるほどと思ったことがあります。聖書の神は「翼あるもの」「水に群がるもの」「地を這うもの」をつくった読んでしまいがちですが、いま少し丁寧によむと、最後に造られたのは「家畜、這うもの、地の獣」もしくは「地の獣、家畜、土を這うもの」です。これらには区別があるということです。「這うもの」といえば爬虫類や虫のたぐいを考えています。たほう「地の獣」ですが、「野の獣」とほぼ同じでしょう。家畜(livestock)とは区別された「野獣」(wild life)を指していると考えて良いでしょう。

 さて、『ヒトは食べられて進化した』(化学同人社/2007年)というショッキングなタイトルの本があります(原題:Man the Hunted)。人間は、野生の肉食獣に捕食されていた脆い生き物であった、という視点から人間の進化を論じた本です。そのような人間観から考えれば、創造主たる神が人間に「野獣に食われるな、打ち勝て(conquer)!」と励ましたのは、すごく納得がいきます。聖書でも、ライオンやヒョウ、熊や狼という肉食野生獣が人間の生活圏にいました。「狩られ食われた」弱い人間であったその記憶が記されたと考えれば、むしろ痛ましく思われるのは私だけでしょうか。いまの人間の生活から聖書を読むのでなく、これを記した人びとがどのような思いで伝えたのかを夢想すると別の理解ができるように思います。


(福井新聞ONLINE 5/13(水) 8:04配信 「牧草地に放され、ゆったりと歩く乳牛=12日、福井県奥越高原牧場」から転載)



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